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「世界10大冒険の旅」第一弾。
1995年10/7〜28、小倉真市氏が率いる学術調査隊と共に、タクラマカン砂漠を横断、三蔵法師の歩いた道をたどり2000年前に栄えた「楼蘭古城」を目指す。
「楼蘭」は探検家スウェン・ヘディンによって1901年に発見されて以来100年、中国政府より侵入禁止地区に指定され、3組の探検隊しか訪れることのできなかった幻の都である。10月16日、朝日をうけ黄金色に輝く楼蘭へ入城。(楼欄遺跡「三間房」を撮影)
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「世界10大冒険の旅」第二弾。
1996年8/5〜21、モンゴロイドの足跡をたどり南米を一周。
南米アンデス山脈に暮らすインディオとアジアの我々が遺伝子で結ばれているのは、本当か?
遠く神々の時代、どのようにしてアンデスの山々に彼らは辿り着いたのか?その苦難の道を歩き、遺伝子に呼びかける旅。ペルーのクスコ、ナスカ、マチュピチュ遺跡を徒歩で探検。ボリビア、アルゼンチンを巡り、世界最大の滝、イグアスに遊ぶ。その全ての旅が感動に満ちあふれていた。(ボリビア
チチカカ湖にて撮影)
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「世界10大冒険の旅」第三弾。
1997年10/19〜11/9、エベレストベースキャンプへの冒険旅行を決行。
DACグループ社員小山恭子、赤木賢一と共に、ネパールの首都カトマンズよりエベレストに向かう。 雨、風、降り注ぐヒョウ。そして3度の大雪。高山病。6200メートルを越えるベースキャンプの大自然は人間を寄せ付けぬ厳しさをもっていた。しかしこれほど辛く厳しく、そして感動に満ちた旅もなかった。神々の住むヒマラヤの山々は限りなく美しい。
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「世界10大冒険の旅」第四弾。
1999年8/5〜18、アフリカ大陸最高峰キリマンジャロ登頂。さらにケニアの大草原へ。今回の冒険旅行の合い言葉「ヘミングウエイの夢を見る」は、DACグループ代表アニマル石川の愛読した「キリマンジャロの雪」からきている。少年の頃に読んだ「少年ケニア」とヘミングウェイの小説は、50歳を越えた今も社長の心にロマンをかき立てている。
仙台営業所の高津所長とデイリー・インフォメーションの高藤三菜主任が同行。
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「世界10大冒険の旅」第五弾。
2001年8/17〜9/1、北極点への冒険。 アニマル石川は、ロシア海軍原子力砕氷船ヤマル号に同乗し、ロシアの軍港ムルマンスクから北極へと旅立った。地球の頂上、北極点は、生きているものを寄せつけぬ神々の領域。真っ白な雪と氷と零下の世界が待っていた。世界で37番目の船として極点に到着する。
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「世界10大冒険の旅」第六弾。
2004年3月、間宮海峡の横断に挑戦!当日の気温は-20度。4日前に降った雪をラッセルしながら歩いて行進。途中からクロスカントリー用のスキーに履き替え前進。あちこちに氷が溶けて再氷結した場所や氷が割れたクレパスになっている場所を迂回、迂回の連続。片道9時間、往復18時間にわたる過酷な旅となった。(サハリン海峡を共に渡ったロシア人と共に)
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「世界10大冒険の旅」第七弾。
2001年4/9〜4/25、DACグループ創立50周年記念事業として、冒険家舟津圭三氏、松本愛明氏をはじめ9名の有志と共に、北緯89度地点からクロスカントリースキーで、再度北極点に到着。
奇しくも初めて北極点へ挑戦したノルウェーの英雄フリシチョフ・ナンセン生誕150周年と記念すべき年に達成することとなった。
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「世界10大冒険の旅」第八弾。
地球の頂点に立つ「POLE TO POLE」北極点から南極点へ!は冒険家であれば誰もが一度は夢見る挑戦であろう。
アニマル石川は、2012年10月に迎えるDACグループ50周年記念事業の一つとして「POLE TO POLE」を掲げました。南極点に到達したアーノルド・アームンセンの南極点到達100周年の記念すべき年に、DACグループのリーダーであるアニマル石川が自ら地球の両極点に足跡を残し、次代を担う未来の青年達の目標となるべく挑戦。 |
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